追悼、22年・阪神・淡路大震災

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震度7の揺れは5万人超の死者・負傷者を出し、住まいやライフライン、道路・鉄道などに甚大な被害をもたらしました。 一方、ボランティアによる支援や心のケアなど、新たな潮流も生まれました。

阪神・淡路大震災で大きな被害を受けた神戸市長田区の街を歩いて復興の足取りをたどる「こうべあいウォーク2017」が15日、JR新長田駅周辺であった。雪がちらつく中、約150人が参加し、多くの建物が焼失して区画整理された地区などを歩いた。
 NPO法人「しみん基金・KOBE」などでつくる実行委が、1999年から毎年続けている。
 参加者はJR鷹取駅近くの大国公園から出発し、焼け残ったキリスト像がある「カトリックたかとり教会」や鉄人28号のモニュメント、商店街などをめぐり、高速長田駅南まで約4キロを歩いた。

神戸長田区の市場

水笠通公園では、当時消防士を務めていた男性(78)が説明。水道管の損傷などで消火栓が使えない中での消火活動や、多くの人が生き埋めになっている現場での救助活動について話し、「公助には限界がある。住民の手で安全な街をつくっていかなければいけない」と訴えた。
 台湾南部・台南市の消防士で関西大に留学中の荘家銘さん(41)は「台湾も活断層が多いが、防災意識は日本ほど高くない。経験を伝える行事も大切だと感じた」と話した。
神戸新聞(石川 翠)

1995年1月17日午前5時46分、淡路島北部を震源地とする地震が発生。観測史上初の震度7を記録した都市直下型地震となった。近畿地方をはじめ西日本でも大きな揺れを観測した。


被災地では建物の倒壊や火災で大勢の人たちが犠牲になり、7割を超えて窒息・圧死が死因となった。また、学校や公共施設などの指定避難所だけでなく、公園や民間の建物に身を寄せる人も多く、最大役31万人が避難しました。鉄道や道路、インフラ設備などが寸断され、復旧までに長い時間を費やしました。 関連死を含めた死者が6434人、住宅被害が約64万棟の巨大災害に。2月14日、政府は「阪神・淡路大震災」という呼称を決めた。




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